陶芸体験、一夜明けて

実は白状すると、小学生のときの図工の時間や中学校の技術の時間が、とても苦手でした。絵を描くのは好きでしたが、手作業でなにかをつくるのは辛い時間でした。粘土の時間なんて、かなり憂鬱でした。友達の顔を粘土でつくる課題、今でもよく覚えていますが、なかなか仕上がらず、大変でした。


不器用なのです。そのうえに、面倒くさがりなのです。かつ、とろくて作業が遅いのです。
算数の時間はなかなか数式が解けなくても、木材や粘土の塊を前にすると、途端にからだ中生き生きと輝き出し、細かい一手間にいのちをかける男の子。楽しそうに、歌うように、どんどん作っていく女の子。そんな同級生たちの姿を見ていると、焦ってますます作業は進まなくなります。早く終わりにしなくては、という気持ちが先走って、目の前の粘土も、かたどるべき友人の顔ももう見えなくなります。


そんな私ですから、焼き物なんてとんでもない!と、実は内心思っていたわけです。


案の定、こんな私の言うことを土がきいてくれるわけもなく、紐をつくろうにも、妙な力が入って均一な太さにならない。がたがた、ひょろひょろです。その紐を重ねてつなげていくにも、これまた妙に親指の力がはいって、切立型のようにまっすぐ重ねていくつもりが、どんどんひろがっていきます。これはお椀か、あるいは太った鉛筆立てか、というくらい大きくなっていきます・・・。なぜ。


私は今回は実は2回目の体験だったのですが、一回目のぎあにさんや深の方が上手でどんどん進んでいきました。ぎあにさんは、手先も軽やかに、ひょいひょい、すすんでいきます。おいしいケーキをつくっているよう。かたちもスマート。深もすごい。かたちがかっこいいです。実は工作の時間は好きだったとか。知らなかった深の一面を発見。私がのろのろ作っているあいだに、余った土でうさぎの置物をつくったりしています。


私は太った茶碗(?)のかたちが収集がつかなくなり、無理矢理に終了。妙に広がって変なかたちになった茶碗に、仕方なく、命名。「オバQ」。


休憩を挟んで2個目に挑戦。今度は、落ち着いて、まっすぐにあげていくことだけに集中してやりました。


そして、なんとか完成。


私たちが終わった頃には、ぎあにさんはすでに、料理を何品もつくりあげていました!
小料理屋に来たみたい。すごい!今日は深の誕生日です。


おいいしいケーキも、ぎあにさんの手作り。ふわふわのシフォン。お茶は先生の器で。


夜12時を過ぎて、帰宅。
半日の出来事とは思えないような、濃密な時間でした。

深夜、指にしずかな土の感触が残っているのを不思議と好ましく感じていることに少し驚きながら、眠りました。